『Dearest,MySubordinate』
それは、簡単な言葉では埋められない隔たり。
誰にも触れられない、いわば不可侵の確執…。
…それでも惹かれあうのは何故なのか…?
―――
「あの人」は、今日も同じ店…ラーメン一楽にいた。
「あの人」とは、うみのイルカ…今はまだ、その名前しか知らない。まして、彼が自分の事など知っていようはずもない。
それは悲しい事だけれど、動かせない事実…。
店に入って席につく、そのほんの数秒の間に、ちらっと目を走らせて、彼の座っている席を確認してしまう。
そして何事もなかったかのように、大人しく『特等席』に座る。
ちょうどカウンタを斜めに挟んで、正面にあの人が座っている。二人で…
二人?
彼の隣りで、大騒ぎをしながらラーメンをすすっている少年。
その顔には、見覚えがある。
うずまきナルトだ。
この里にいて、ナルトの事を知らない者はいない。
12年前に起きた事件の、その大いなる鍵である少年…妖狐のチャクラを持つ少年。
そういえば、明日から受け持つ「新米忍者」の3人の中に、このナルト少年も含まれていたはずだ。
ということは、彼…イルカは、忍者学校の教員、なのだろうか?
しかしそうなると、生徒であるナルトが、何故『教師』である彼と隣り合った席で、彼と二人で談笑しているのだろう?
得体の知れない感情が、心の底で渦を作った。
それが「嫉妬心」だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「オレさ、オレさ、頑張るって!だからイルカ先生、心配すンなよっての!」
「そのヘンな自信が心配なんだよ…」
半ばあきれたような声でイルカはナルトにそう言っていたが、そんな声とは対照的に、その表情は至って明るい。
まるで保護者が愛児を見守るような笑顔…。
その笑顔に、心の底の感情が、ゆらりとうごめいた。
多少は意気消沈したが、彼の顔を見られた事だけでも充分幸せな日だった、今日はそう思うことにした。
それに…少し、彼の事が解かった。
その、一楽からの帰り道。
あと数歩で自宅につく、そんな距離で。
「…はたけ、カカシさんですね…?」
「はい?」
世界が、時間が止まった気がした。
目の前に、「あの人」が、立っている。
そして…、オレの名を…呼んだ…?
「私、木の葉隠れの里忍者学校で教鞭をとっている中忍で、うみのイルカと申します」
知ってた…とは言えない。ずっと見ていたとも…。
「アカデミーの先生が、私に何の御用でしょう?」
精一杯、平常心を装って問い返す。
こんな至近距離で話せる機会、そうあるものじゃない。
この機会を、逃がすわけにはいかない。
確実に、慎重に、『知り合い』への第一歩を踏み出さなければ。
「…ご存知の事とは思いますが、うずまきナルトの事で、少し…」
「…はい?」
「まぁ、むさくるしいトコですがどうぞ」
「…失礼します」
自宅に案内すると、彼は少し躊躇ったが了承してくれ、框を上がった。
不思議な気持ちがした。
いつも遠くで、見つめる事しか出来なかった相手が、今…自分の部屋にいる。
まるで蜃気楼を手に抱いてしまったような気持ちだ。
ふと気付くと、オレはいつもの癖で、じっと相手の…イルカ『先生』の顔を見つめてしまっていたらしい。
その顔は戸惑ったように、言葉を切り出すきっかけを捜しているようだった。
「で…なんでしたっけ?」
「…ナルトの、うずまきナルトの事です」
「ああ…例の、あの時の少年ですね。それが…?」
『九尾の妖狐』云々といった話は、この里では禁句である。そこは少々言葉を濁しつつ、話の先を促す。
「明日からあなたの受け持つ下忍の、第7班に…そのナルトがいます」
「ええ、そりゃ伺いましたよ、火影様からね」
しばしの間があった。
そして、彼は…両の手をついて、頭を下げた。
「…個人的なお願いをしに来ました」
察しがついた。
どうせ、そのナルトに気を掛けてやってくれとか、そういう事だろう。
一楽でのあの雰囲気を見ていれば、何となく解かるというものだ。
この人は…イルカは、ナルトの事を…
「あいつを特別視しないで下さい」
「え?」
虚を衝かれて、オレは思わず間の抜けた声をあげてしまった。
一体、どういうことなのだろう?
呆けたようにその顔を見つめていると、イルカは思い出したように言葉を繋げた。
「…あいつは、ナルトは今までずっと、里の忌み子として、そして「みなしご」と呼ばれて生きてきました。…ずっと、里じゅうから向けられる、特別な視線に刺されながら生きてきたんです。それが、あれだけ努力して、下忍になって…。やっと人の役に立てる、やっと…里の人間に認めてもらえる…」
イルカは、まるで自分がナルトであるかのように、必死に訴えかけている。
それで解かった。
ナルトは、この人にとって、大事な「生徒」であると同時に、「自分」なのだろう。
兄のような、親のような気持ちで接しているだけのことなのだ…。
ナルトに嫉妬していた自分が、少し馬鹿げて見えた。
「だから…だからあなただけは、あいつを他の生徒達と同じ目で見てやって欲しいんです」
「そりゃあ、まぁ…平等に見るつもりではいますけどね」
「おかしな事言ってすみませんでした。…失礼します」
そう言って立とうとしたイルカを、半ば強引に押し留めるような形で座らせる。
「まぁまぁ…、それだけアナタが気に掛けてる生徒だ、もう少しお話聞かせてもらえませんかね?」
それとアナタの事もね、そう付け足すと、彼の表情が少しだけ柔らかく、微笑んだ。
これを機に、オレと「あの人」…イルカとの関係は始まった。
2001.11.16 (c)Y.Mitome..